6.子供の無言の訴え
 東京の下町で小学5年生の女の子が自ら若い命を絶った。両親の目からはごく普通の女の子だったが、彼女はいじめにあっていた。最初は傘や靴を隠される程度のいたずらだったが、その子が教師や担任に言わないことを知っていじめはエスカレートした。学用品を奪い、スカートをハサミで切り、トイレに閉じこめた。いじめには男の子ばかりでなく女の子も加わった。それはすでにゲームのようになった。40人対1人の絶望的なゲームだったのだ。その少女の家が少々裕福だったため、親も余り真剣に考えずになくしたり壊れたものを買い与えていたのである。最後の小さな訴えに母親は「あなたにも悪いところがあるからよ。反省しなさい。」と言った。生きる希望を失った少女はその3日後に首をくくって死んだ。少女の親は残された日記で真実を知ったが、もう、すべては手遅れだった。
 多くのいじめによる自殺が発生しているにも関わらず、唯一の味方であり、協力者であるはずの親に自分がいじめにあっていることを告白する子供は少ない。それは親が決して信用できないとか不信感を抱いているなどという理由ではない。親や教師に「告げ口」をしたことが加害者に知られたとき、その暴力行為がますます激しくなることを子供自身が知っているからだ。そのため子供は一人で苦しみ耐えることになる。このとき親はすぐさま子供の”無言の訴え”を読み取り、身体を張ってでも守る決意で行動しなくてはならない。ここではこの”無言の訴え”の読み取り方を紹介する。

 ・子供の寝言や小さなケガ
 府中市の私立小学校で下級生いじめが起こった。5年生の1人が1年生をいじめているというのである。担任は父母会を開き子供も同席させ、「5年生のお兄さんにいじめられた子は手を上げて。」と言った。しかし、親や友達の前で子供が自分も被害者だというわけがない。案の定、手をあげたのは訴えた母親の子供だけだった。結局、その場はその子だけが被害にあったということになった。だがそれから半月後の父母会で今度は別の母親から被害が報告された。真相は、小学5年の1人が小学1年のクラスの男の子達に絶対服従を誓わせ、金品を取り上げ、従わない者には暴力を振るっていたのだ。その5年生と親が厳しく注意指導を受けて事件は落着した。二人目の被害者の母親は子供が寝言で「お兄ちゃん。こわいよ。」といったのを見逃さなかったのだ。子供の寝言などふつうは気にとめることはないだろう。この母親もたまたまいじめ問題が報告されたので子供の様子に注意していたのかも知れない。子供の持ち物がなくなったり、けがを良くするようになったり、小遣いが急に減ったりするような変化を見過ごしてはならない。親に訴えることができない子供からのSOSはこういう形で発せられているのである。
 ・下校時間の遅れ
 校内暴力が良くおこなわれる時間は休み時間や昼休み、放課後である。墨田区の中学1年生が夏休み頃から急に下校時間が遅くなりだした。母親が聞くと「居残り勉強」や「掃除当番」だという。様子がおかしいと感じた母親が長男の時間割を調べて下校時間をチェックすると放課後の1時間が合わない。母親は意を決して夫と子供の3人で話し合った。そこで長男が告白したことは、夏休みにゲームセンターで遊ぶうちに上級生から金をたかられるようになり、その上、彼を仲間に入れて他の中学生を脅そうとしたのである。本人が拒むと数回殴られたという。しかし、それ以来、誘いを断るために区立の図書館で時間をつぶしていたのである。結局、学校へ訴えた上で本人の希望により私立中学へ転校させることになった。この場合、母親が子供の生活の変化に気づいたから良かったものの、あと一歩遅ければ非行グループの仲間になるところだったのである。
 ・急激な成績の下降
 子供の生活の乱れや悩みが反映しやすいのは学校の成績である。今まで良かった成績が急にダウンしたような場合は、確実に勉強以外の深刻な問題を抱えていると考えて良い。特に校内暴力の被害にあったり、非行の仲間に加わったりしたような顕著である。東京の区立中学の生活指導をしているベテラン教師は生徒の母親が「最近、子供の成績が急に悪くなったので、塾に入れたいのですが。」という問い合わせに対して「その前に、成績が下がった理由を子供と話し合ったほうがよいのでは。」と答えている。正常な感覚をもっている親ならこの言葉で問題解決の糸口をつかむことができるというのである。
 ・友達と遊ばなくなった
 横浜の小学3年生の次男の様子がおかしいと気づいた母親が父親に相談した。「幼稚園の時から仲の良かったEちゃんと全く遊びに来なくなり、学校から帰っても家から出なくなった。」というのである。父親が食事の時にそれとなく子供に聞くと「何もない」という。しかし「Eちゃんとこの頃、遊んでいるか?」と聞いたとき、子供の表情に明らかな動揺がみられたのである。「担任の先生に聞いてみるかな。」この言葉に子供は「先生には言わないでくれ。」という。「それなら話してみろ。」と言うと、次男は目に涙をためて告白した。本当はクラスの女の子集団にいじめられていたのである。しかもクラスのほとんどが被害にあっているという。お金やマンガ本を取り上げたり被害は小さかったが、次男はボスに従わなかったため、その仲間達に囲まれてズボンを脱がされ、おチンチンを引っ張られたり、つねられたりしていたのだ。その後の攻撃も陰湿で、この次男と仲良くしたり話しかけることをクラスの子供達に禁じ、その命令を破ると同じようないじめに合うのだった。そのため親友だったE君もおびえ次男に近づかなくなったのである。この場合、ボスに従属する子供を責めても始まらない。まして子供に「暴力に屈するな。」といっても無理な相談である。上記のように、やはり、親が子供の変化を見逃さずに発見するしかないのである。
 ・作文で被害を知る
 子供が急に学校の話をしなくなったり、登校をいやがったりするような拒絶反応が見えだしたら要注意である。子供は自分の学力が低下しただけで学校がイヤになることは少ない。もっと気がかりなのは友人関係や仲間の目である。つまり自分がクラスの皆とうまくいっているかどうかが重要なのである。そのため友人関係が崩れると子供の心も動揺し登校拒否や部屋への閉じこもり等の行動に表れやすい。しかしそのような状況になっても子供は悩みや苦しみを口には出さないのである。子供が何を悩んでいるかを知るには家で作文を書かせる方法がある。これはもちろん学校の先生に見せたり報告するためのものではない。千葉市に住む公務員は3人の子供に1週間ごとにテーマを変えて作文を書かせている。テーマは「学校で一番楽しい遊び」とか「お父さんの嫌いな点」などである。テーマだけを与えて内容は子供の自由にすれば、いつの間にか自分の思っていることを各様になってくるのである。この作文で大切なことは親が干渉したり、指導したりしないということだ。少しでもそういう態度を見せると子供はそれを察して心を閉じてしまう。実際にこの方法をおこなっている父親も決してけなしたり、「こう書いたほうが良い」などとは言わないことが子供に喜んで作文を書かせるコツだと言う。もちろん小学生の場合はまだ表現力もあまりないが、たとえわずかな記述からでも身近に接している親であれば充分つかめるはずなのである。

 ここまでで、うちの子は学校に行くのをいやがっていないから安心だと感じている方もいるかも知れない。しかしそれだけで安心してはいけない。最近の非行少年は学校をさぼって街をうろついたりはせず、校内で生徒を脅し、勢力を伸ばしているからだ。つまり学校そのものが非行グループにとって居心地の良い避難場所になっているのである。